活動(研究)内容

研究カテゴリー1

感覚記憶の長期持続性

 記憶には自信がない、忘れっぽい、など、私たちが持つ一般的な記憶のイメージは、どちらかというとネガティブなものかもしれません。しかし、私たちは様々な情報を大量に、そして詳細に記憶として保持できることが知られています。

 人間の記憶は、その内容について「思い出す」という意識が生じているか否かという基準で、顕在記憶と潜在記憶に区分することができます。思い出すという意識が生じている場合は顕在記憶、そのような意識が生じない場合には潜在記憶とよびます。記憶実験において、覚えるべき項目を学習したあと、顕在記憶を測定してみると、学習直後から時間が経過するごとに記憶課題の成績は顕著に低下していく様子がみられます。一方、潜在記憶を測定すると、時間経過に伴う成績の減衰は少なく、一定したパフォーマンスが長期にわたり保持されている様子がみられます。このような現象は、英単語や日本語の単語といった言語刺激のほか、日常にある物体や人の顔の線画といった非言語刺激を用いた場合にも確認されています。つまり、私たちは意識できないレベルで様々な情報を長期にわたり記憶として保持し、利用していると考えられます。

 私たちの研究室では、ランダムに作成された音列刺激や、概念情報に乏しい視覚刺激など、言語的符号化が困難な刺激を用いて潜在記憶の特徴を調べています(e.g. 益岡・西山・寺澤, 2018; Nishiyama & Kawaguchi, 2014; 寺澤, 2001; 上田・寺澤, 2008, 2010)。複数の研究結果から、「覚えよう」という意識が生じない状況であっても、わずか数秒程度、対象の刺激と接触するのみで、その刺激の詳細な情報が数か月以上は保持されることが確認されています。一般的に、ある情報を長期記憶として保持するためには、何度もその情報を繰り返すことや、自分がすでに知っている他の事柄との関連付けなど、何らかの意味づけを行うことが有効だと考えられています。しかし、潜在記憶に関する研究結果から、私たちはある情報に注意を向けた時点で、その情報を長期記憶として保持することが可能であり、さらに保持しているそれらの情報を瞬時に利用するメカニズムが備わっていることが考えられます。私たちはこのような人間の記憶の特性について調べるとともに、そのメカニズムに関する理論構築を行っています。

関連する一般書
  • 寺澤 孝文 (2001). 記憶と意識―どんな経験も影響はずっと残る― (第5章) 森 敏明 (編著) 認知心理学を語る①:おもしろ記憶のラボラトリー (pp.101-124) 北大路書房
関連する論文:
  • 益岡 都萌・西山 めぐみ・寺澤 孝文 (2018). 視覚的記憶の長期持続性と変化検出過程への影響 心理学研究, 89, 409-415.
  • Nishiyama, M., & Kawaguchi, J. (2014). Visual long-term memory and change blindness: Different effects of pre-and post-change information on one-shot change detection using meaningless geometric objects. Consciousness and Cognition30, 105–117.
  • 上田 紋佳・寺澤 孝文 (2008). 聴覚刺激の偶発学習が長期インターバル後の再認実験の成績に及ぼす影響 認知心理学研究, 6, 35-45.
  • 上田 紋佳・寺澤 孝文 (2010). 間接再認手続きによる言語的符号化困難な音列の潜在記憶の検出 心理学研究, 81, 413-419.

研究カテゴリー2

ビッグデータの教育活用

 人間の行動予測に関する研究領域においては、縦断データは貴重な情報となります。近年では、個人の行動に関する膨大な縦断データが多くの場面で収集されています。しかしながら、このような情報は個人の行動を予測する上で問題を抱えていると考えられます。私たちは日常の中で、学習や購買といった様々な行動を繰り返しており、その行動を「いつ」行うかという条件(タイミング条件とよんでいます)は無数に想定されます。先述の潜在記憶に関する研究に基づくと、わずか1回の行動や情報との接触という微細な経験の影響は長期的に残り、その後の判断や行動を変容させると考えられます。つまり、縦断データを用いて、微細な経験の影響も含めた人間の行動予測を行うためには、タイミング条件を含む時間次元に想定される条件を制御する必要があるといえます。私たちは、このような条件を制御した上で、学習者一人ひとりの学習データを長期的な縦断データとして収集する技術(マイクロステップ法のスケジューリング技術)を確立しました。さらにこの技術を英単語学習に用いることで、潜在記憶として英単語の情報が保持され、成績が上昇していく様子が可視化されました。これにより、元々の学力の高低に関わらず、自身の学習行動に応じて成績が上昇するという情報を学習者に提供することが可能となり、学習に対する意欲の向上と維持を支援する状況を作り出しています。

 私たちは、学習における成績の変動をはじめとする個人の行動に関する時間的な変化を詳細に明らかにするためには、心理学における研究法に関する知識と、膨大な学習コンテンツの一つひとつについての学習スケジュールをシステムに適用させるために必要なデータベース技術の、異なる2領域の融合が不可欠であると考え、研究を進めています。この研究はこれまでに、科学研究費補助金(基盤研究B(研究代表:寺澤 孝文、課題番号:11559013)、基盤研究A(研究代表:寺澤 孝文,課題番号:14209010)、基盤研究A(研究代表:寺澤 孝文,課題番号:22240079)の助成を受けています。また、この研究の成果については、寺澤・吉田・太田(2007)を参照ください(引用情報)。方法論およびシステムとして実現するための基本的な枠組みに関することについては、寺澤(2006:特許第3764456)および寺澤(2004: PCT / JP2004 / 006487)を参照ください。

研究カテゴリー3

心の体温計の実装

 マイクロステップ法により作成された英単語や漢字の読み方などに関する毎日のドリルの最後に意識調査を組み込むことで、危機的状況にある子どものシグナルを検知し、その情報を専門家に繋いで一緒に解決する状況を作り出すことが可能となっています。

研究カテゴリー4

異種通信システムとメディアの融合

 メールはメールで、郵便は郵便で、というように、現在の通信はそれぞれの通信システムで独立しています。これを融合するシステムの構築を行っています。

 このシステムを利用することで、たとえば以下のようなことが可能となります。

  • ファイルをクラウドにアップするだけで、任意の通信システム(メール、郵便、SNS等)を使って任意の人に届けることができる。ータを“送信”できる新たな通信原理
  • 岡山でワンプッシュスキャンした手紙が、東京にいる相手のプリンターから印刷されて出てくる。
  • デジカメで撮ったビデオをワンプッシュでクラウドにアップすると、任意の複数の人にCDに記録されたものが郵送される。
  • チラシ広告やカタログに、手書きで「注文します」と書いてスマートフォン等で写真を撮れば、ワンプッシュでその注文が広告主にメールで届く。

など

 近年、写真や文書ファイルといった様々なコンテンツを特定のクラウドにアップすることが容易になっていますが、クラウドを超えて任意の通信システム(メールや郵便等)を利用し、任意のアドレス(メール、IPアドレス、住所等)へコンテンツを“送信”することはできません。これは、異種通信システムを繋ぐ(融合する)ことが困難であることをあらわします。私たちの研究では、異種通信システムを融合する新たな通信原理を教育分野に導入し、学習者がワンプッシュスキャンしたドリル用紙の画像データを、一か所のクラウドサーバにアップするのみで、そのデータを個別に記録し、学習成果を解析した結果をメールで特定のアドレスに送信したり、特定の住所に郵送したりすることが可能なシステムを構築しています。この通信原理によれば、既存の通信システムに変更を加えることなく、ハードに依存しない新しい通信サービスを実現することが可能となります。

研究カテゴリー5

新たな思考の理論:勘や技、創造的思考のメカニズム

 熟練の技術者や経営者などによる精緻な技術や判断は何によって生じているのか。「勘」によるものだとしか表現できないようなそれらの背後にはどのようなメカニズムがあるのか。私たちは、技、勘、創造的思考、直感的思考といった言葉で表される人間の認知処理に関する理論構築を行い、これに基づいたシミュレーションにより検証を行っています。